はるかのひとりごと > ひとりごと > まどかマギカ「またあした」の歌詞を解説する
はい、こんばんは。
はるかです。

今回は、超有名アニメ
魔法少女まどか☆マギカ

まどかのキャラソン
「また あした」の歌詞を
徹底的に考察・解説したいと思います。

最初に、この歌を唱っている悠木碧さんは、本当はもう少し上手に歌えるのですが
「素人の中学生が、カラオケで唱うような感じ」
というのをコメンタリーで明らかにしています。
※にしては、上手すぎだw

それじゃまたね

とは、誰が誰に言っているのでしょう?
まどかのキャラソンなので、相手はまどかの友達となります。
友達と言えば、まどかは、ほむらと友達になれて本当によかったと、
第一回目のループで発言しています。
考えるまでもなく、ほむらに向けたお別れの「挨拶」であると想定できます。

歩道橋~笑い合う声

これは、日常の描写です。
もの凄く長くて詳細に書かれています。
くどいほどです。ですが、これがこの歌の重要な部分です。

「普段と変わらない日常」
これがしっかり確立していなければ日常から外れ常識を欠いた
「魔法少女」になってどう変わるか?
というのを説明できなくなるからです。

いつもよりもなんだか
自分だけが小さく思えるよ


まどかは、魔法で、ほむらを宙に浮かせたり、速く走らせたりして、
万能では無いにしてもある程度「何でもできる」能力を手に入れたはずなのに、
自分の事を小さく思っているのです。

なぜ小さく思うのか?
それは「それじゃまたね」と
お別れの言葉を言ったあと、まだ、ほむらと一緒にいたいとか、
ほむらとまだ話をしたいという直接的な感覚と、

もうひとつ特有の感情があるからです。

まどかは、決して強い子ではありません。
それはループを繰り返した、1話などからも読み取れます。
1話では、さやかにおんぶにだっこです。
中身は同じ人物なのですから、当然と言えば当然です。

そんな強くない子が、マミさんのような魔法少女になって、
誰かの役に立ちたい・・・と
ずっと思っていたのでしょう。
その矢先、エイミー(野良猫)の死を目前とし、魔法少女になってしまったという日常からかけ離れた事による寂しさです。
この部分は、特典のCDにもはいっています。

CDでは、まどかが
「もしも私に何かあった時にはエイミーをよろしくね」と
ほむらに言います。

この発言は、魔法少女になる=死ぬ可能性がある
というのを若干14歳で、悟っていると言う事です。

死ぬのが恐いと思うのは当たり前です。
それなのに、魔女退治は魔法少女がやらないと、誰かが死んでしまう事も分かっています。
「誰か」は自分の大切な家族や友達の可能性もあります。

そんな葛藤を抱えながら、ほむらと、もう二度と会えないかもしれないのに
「またね」と
自分を作って言っているのです。

その作っている自分を、客観的に眺めて、
自分って小さいなあと思っているのです。

と・・・その前に

今日はひとりであるく

この部分で、まどかは一人であることがわかります。
また、今日「は」という表現を使い、いつもと違う事を意味しています。
恐らくいつもは、一人で帰らずに複数人で帰っていたのでしょう。
歌の流れから察すると、いつもはほむらと二人で楽しく帰宅していて、今日は特別に一人で帰っているという描写になると思います。

まどかは魔法少女になったばかりで、その不安を隠し切れない様子を表しているのだと思います。

ですので、時間経過的には、1周目で、夕方
まどかは、なんらかの事情で、ほむらに「またね」といい
別れたあとの時間であることを表しています。

さらっと1周目と出してしまいました。
なぜか?
それは、ほむらが魔法少女になっていないからです。
その理由は後述します。

「それじゃ またね」って手を振って
笑顔作って さみしくなって


まどかは、どんな気持ちで笑顔を作り、大好きな人に
「またね」と言ったのでしょうか?

ホントはまだ話し足りないけど

これは上述の直接的な感情です。

「それじゃ またね」って言葉で
また会えるってウソをついて


この部分で、時間経過的には、今晩がワルプルギスの夜で
自分が死ぬかもしれないという確率が非常に高いことに気づいているのが分かります。

それは10話でも、現れています。
結局ほむらは、このあと、今日がワルプルギスの夜であることに気づきます。

そしてほむらは、まどかを探しあてて死んだマミさんのそばで
「一緒に逃げよう」
といいます。ですがまどかは、
「ワルプルギスの夜を止められるのは、私しかいない」
と言いながら「元気でね」と遺言を残し、最期の決戦に向かいます。

このとき、ほむらに見せた顔は、こんな顔です。
まどか作り笑顔
魔法少女まどか☆マギカ BDディスク第10話より引用

この部分が、まどかの作り笑顔だと分かりましたか?(普通分かりますねw)
これが、壮絶な寂しさを抱えた作り笑顔だと考えると、ほんとに悲しくてなりません。

この1行の記載により、ほむらが魔法少女になっていないという事まで読み取れ、それは1周目であることを証明しています。

いつも通りの笑顔で言うよ
「また あした」


もう帰ってこれないと分かっているのに、作り笑顔で
「またあした」
と言ったのですね。
ほむらに対して、ワルプルギスの夜には出歩かないでと言って…

結局まどかは、予見したとおりワルプルギスの夜に敗北し死亡してしまいます。

第一周目、死んだまどかの横で泣き崩れるほむら
まどかとほむら
(魔法少女まどか☆マギカ BDディスク第10話より引用)

うるうるモウダメ・・・

ひとりには慣れてる フリをしてるけど
ホントはそんなに強くないし


1周目のまどかは、ほんと強い子で描かれています。
ですが、その裏で自分の事を小さく思ったり死ぬのが恐かったり、当たり前の女の子の感情を見せます。

自分だけが小さく思えるよ

なぜ自分「だけ」なのでしょうか?
それは、まどか「だけ」魔法少女だからです。

マミさんも魔法少女ですがそんな話は、ここでは関係無いです。
ここ「でも」ほむらが魔法少女ではないという事が読み取れます。

「それじゃ またね」じゃなくって
「あと少し」って言えば良かった


もう逢えないかもしれないので、またねじゃなく、
あと少し、あと少し、ほむらと一緒に居たかったのでしょう。

ですが、先に書いたとおり、ほむらと別れたあとの歌であるため、このことは思っていただけで
ほむらには伝えられなかったのです。

気が付いて欲しくて期待していたけど

これが、小さくて弱い自分の中身です。
ほむらに、これから死ぬかも知れない事を気づいて欲しくて、こう思ってしまったのでしょうね。

この「念」は決して無駄ではなく、ほむらに届いていたのいうのが、
この歌「唯一の救い」です。

上述していますが、結局ほむらは、ワルプルギスの夜をパソコンで検索して、
今晩まどかに何が起きるかを察知してしまいます。
そしてまどかが死ぬ前に、もう一度会えるのですが、まどかは死んでしまい、
ほむらは、魔法少女となるのです。

また自分に ウソをついて
いつも通りの笑顔で隠すこの気持ち


なぜ「また自分に嘘を」なのでしょうか?
それは「それじゃまたね」の意味が二つあるからです。

ひとつが魔法少女になって死ぬかも知れないという
不安を抱えながら、ほむらと付き合っていた時期、
いつもの通りの嘘である「それじゃまたね」

ワルプルギスの夜がある日の夕方、ほむらと別れるとき言った
最期の嘘である「それじゃまたね」の2種類の事を言っているのです。

この歌は、後者の方を言っているので
最期の遺言である「それじゃまたね」を言って
気づいて欲しいという気持ちも、
「いつも通りの」笑顔で嘘をついて、誤魔化したのです。
だから「最期の遺言すら『また』自分に嘘」を付いたことを、後悔しているのです。

「それじゃ またね」って声さえ
届かないほど 近くて遠い


これは、浅く読むと円環の理になってしまった、まどかとの距離・・・
のようにも読めますが、それだと今までの流れを壊すことになります。
(いきなりそんなのが出てくるのはおかしい)

この部分は、魔法少女のまどかと魔法少女では無いほむらの境界を意味します。

ほむらは、近くに居るのに魔法少女ではない・・・それは住んでいる世界が全く違うので、
そのことを言っているのです。
そして、弱い自分に気づいて欲しくて
でも、関係無い人を巻き込みたくないというほむらを守ろうとする壁でもあるのです。

いつも通りに あと一度だけ言わせて
「また あした」


「いつも通りに」ということは、この「またあした」は
いつも通りじゃないという事になります。

既に同じ解説をしているので、おわかりでしょうが、
いつも通りの「またあした」は、魔法少女になって
いつ死ぬかわからない不安を抱えたまどかが
ほむらと別れるときつかっていた「またあした」です。

もうひとつは、最期の「またあした」です。
つまり遺言です。明日は無いです。
「あと一度だけ」と限定しているのでどうみても、
最期の「またあした」ですね。

という事で、この歌は一貫して
ワルプルギスの夜を迎える前の心境を歌ったもの
と、いう見方が正しいと思います。

歌詞にはないですが、
いつも通りの作り笑顔で「またあした」と
言ったのでしょう。

心の中では、お願いほむらちゃん、
少しでいいので弱い私に気づいて!
ううん気づかなくていい。
私、死ぬのが怖い、でも私が戦わなきゃ
みんな死んじゃう。ほむらちゃんは
しっかり生きてね。さよなら、元気でね・・・

・・・という感じですか。

この歌は、ほんとうにまどかの気持ちが
上手く出ている歌では無いかと思います。
すごく良い歌ですね。


魔法少女まどか☆マギカBD/DVD 1卷特典CDより引用

鹿目まどか キャラソン

また あした
作詞:hanawaya
作曲:hanawaya
編曲:田口智則

「それじゃ またね」って手を振って
無理に笑って さみしくなって・・・

歩道橋 自転車抱えて登る人
コンビニ 誰かのウワサ話
交差点 信号 遠くのクラクション
知らない誰かの笑い合う声

今日はひとりで歩く 通い慣れた街でも
いつもよりもなんだか
自分がちょっと小さく思えるよ

「それじゃ またね」って手を振って
笑顔作って さみしくなって
ホントはまだ話し足りないけど
「それじゃ またね」って言葉で
また会えるってウソをついて
いつも通りの笑顔で言うよ
「また あした」

ひとりには慣れてる フリをしてるけど
ホントはそんなに強くないし

いつもと同じ景色 いつもと同じ街
なにも変わらないハズなのに
自分だけが小さく思えるよ

「それじゃ またね」じゃなくって
「あと少し」って言えば良かった
気が付いて欲しくて期待していたけど
「それじゃ またね」って言葉で
また自分に ウソをついて
いつも通りの笑顔で隠すこの気持ち

「それじゃ またね」って手を振って
笑顔作って さみしくなって
ホントはまだ話し足りないけど
「それじゃ またね」って声さえ
届かないほど 近くて遠い
いつも通りに あと一度だけ言わせて
「また あした」


またね♪
おやすみ♡

コメント一覧

  1. 匿名
    DVDで全話見ました
    1,2話を見た時は聞き流してた曲ですが、歌詞を調べていたところ
    はるかさんのサイトにたどり着きました
    素晴らしい解釈だと思います
    本編を見終わりここの考察を読んでから聞き直したところ切なくて涙が止まりません…
    • はるか
      こんばんは。
      共感頂きありがとうございます^^
      サイトによって解釈は色々違うので、こう言うのいいですよね。
      私がコレを作った頃、色々見て回ったのですが、
      「届かないほど近くて遠い」を「円環の理」以外の解釈をしているサイトはありませんでした。
      ですので、これは主張を残しておかねばと思い作った感じです^^;

      この唄のポイントは、特典CD(メモリーズオブュー)のドラマだと思います。
      まどかが「エイミーをよろしくね」という部分は、
      声だけでもまどかの切なさが伝わってきます。
      思春期の彼女達の思いは、言葉では表せませんが、本当に良い唄だと思いました。

コメントする

Gravatarに登録してログインすると自分専用のアバターを表示できます。

コメントを残す





鈴木はるかのプロフィール画像
(Haruka Suzuki)
仕事:金融システムのSE
好きな物:スイーツ、絶景
趣味:お菓子/アニメ/多趣味

月別の記事を見る